江戸時代の建造物。日出藩木下家の居城、日出城の本丸の東北隅に築かれた二階二層の櫓(やぐら)。

櫓(やぐら)と聞けば、敵の侵入に対していち早く察知するために高く築かれた物見台ですが、

 この鬼門櫓(きもんやぐら)、ちょっと珍しい。

廃藩置県により日出藩が廃止されると、旧日出城内の天守や櫓は競売になり、次々と取り壊される中、人の手に渡りながら

明治の取り壊しを免れ移築保存されていました。

そして屋根の部分、この櫓の東北隅の部分は直角の部分を欠いた、隅欠きが施されています。(こんな屋根初めて見ました)

     

                                                      こんな感じで屋根の先端の直角部分がないのです。・・・

 この部分は、撮影しなかったので、ぜひ現地で皆さんの目で確かめてほしいです

当時、東北の方向は禍を招く鬼門だといって忌み嫌われていて、その方角にあったので「鬼門櫓」とよばれるようになりました。

この建造物も日出町が譲り受け、当初の古材を出来るだけ残し、忠実に保存修理する工事がされています。

(古材を残しつつとは、さすが、木造建築物の醍醐味です!)

      これは、屋根瓦のようですね・・・

 

この保存修理された鬼門櫓ももう少しで完成となります。

 

お問い合わせ先

日出町生涯学習課 0977-73-3156

   

この保存修理された櫓もすごいですが、本丸跡の小学校もすごいです!!

         小学生は毎日、登校ならぬ、参内でござるな!

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